Reviews/いつまでもデブと思うなよ(岡田斗司夫)

Last-modified: 2008-11-24 (月) 01:17:57 (3254d)

概要

「オタキング」こと岡田斗司夫がふと興味を持って自らの食事を記録し始めたことがきっかけになり、結果的にダイエットになった経験をもとに「レコーディング・ダイエット」というダイエット法をまとめた書籍。

内容について

冒頭から3分の1程度を、このダイエット方法が他の方法と比較して断然優れているという主張と、その結論に向かって一直線に繋がるように偏った世論分析を展開している。 第一章の「見た目主義社会の到来」では人を判断する最優先項目として「外見」が挙げられる時代になったと述べる。よってデブは損をするだけで得など何もない、と危機感を煽る。
言いたい事はわかるがどうも今ひとつ素直に受け入れられない。たとえば以下のような文章。

どの時代でも「人間は中身で判断すべき」「中身を見ろ」という主張は繰り返されてきた。
その批判はいつの時代でも正しい。が、いつの時代でも、現実的効力を持たない。
それよりも、社会が「見た目印象主義」であることを認識した上で、その社会ではどんなことがおき、
どんな行動や努力が効率的に機能するのか。
その対応を考える方が有益である、と私は考えている。
(第一章「見た目主義社会の到来」43ページより引用)

あまり意味の無いかけ声に従うより効力のある対策を考える方が良い、というわけでそれは確かにそのとおりなのだが細かく見ると「んんー?」と引っかかる。 現実的効力を持たない、社会が「見た目印象主義」である、などなど、かなり勝手に断定しているが果たして本当にそうなのか?見た目が印象を左右するのは当然だが、人はそれだけで判断しているわけではない。人を判断するときには印象が大きく影響しがちで、それが悪影響になる場合が多々あることから「中身を見ろ」と常に主張されるのではないか。つまり見た目で判断するのは馬鹿げているということを多くの人はすでに知っているわけで、それを考えると現実的効力を持たないという言葉には真実味が感じられない。
要するに持論を裏付けるために物事のある一部分だけを取り上げているように見える。
また、この手法が他のダイエット法と比較して優れているという主張にも疑わしいものがある。
多くのダイエット法は運動やカロリー制限などを根気よく続けるか、ジムに通ってトレーナーの助言を乞う必要があり、それは意思の強さや体力や出費が問題となるために続けるのが難しいと説く。それと比較してレコーディング・ダイエットは維持が簡単だ、と。
ここでも「んんー?」である。
意思の弱い人が毎日毎回の食事ごとにメモを取ることを続けられるだろうか?それも意思力なのでは?単に自分が出来たから維持が簡単だと思うだけではないのか?
そう考えると著者がそれまで滔々と述べてきた分析は途端に薄っぺらいものに感じられるようになる。ああ、要するに営業マンの売り文句か、と。
とはいえ、現状認識を正しくして取れる対策を着実に行うという手法自体は意味のあるものなので余計な売り文句を差っ引いて読めば実用的な指南書になりうるように思う。

結論

当の本人がやる気にならないと目標達成は難しく、著者の場合はたまたまレコーディング・ダイエットという手法が合っていたのでやる気になったというだけのように思える。この手法が特別優れているわけではない。
結局、ダイエットをする人は数多あるダイエット本に書いてあることを鵜呑みにせず、自分に適した手法を選択し、継続して努力することが大事なのだ。
当たり前のことだが。

追記

ひとつ、この本で新たな発見があった。本書の一部を引用する。

 太っている人、やせている人にそれぞれ、空腹と満腹の感覚に関してインタビューしてみた。
太っている人は全員、満腹・空腹のサインがよくわからないという答えだった。
(第七章 再加速・体の声を聞く 172ページより引用)

太っている人が空腹感というものをよくわかっていないとは知らなかった。空腹かどうかに関わらず目の前の食べ物を体が欲しているかどうか意識することなど、誰でも普通にやっているものだとばかり思っていたがどうやらそうではないらしい。そりゃ太るわ。